(2017.12.6~7 記)

記事執筆は7年も後。ただ、恐らく大して寝れなかったであろうことは容易に想像できる。もやーっとした感じで横浜駅に降り立っただろう。で、乗り換え。

これももうなくなってしまった京急横浜駅のパタパタ発車案内。既に上下の乗り場分離は行われた後である。まだ午前5時前。この浦賀ゆき普通車が1番電車だったような気がする。緩急接続天国の京浜急行にあって、終点浦賀まで先着という。ただ4両ということもあってか座席はそこそこ埋まってきた記憶がある。これで、まず金沢八景へと向かう。まず第1目標。

両矢印の行先表示である。京急ではおなじみの支線折り返し列車に見られる両矢印表示。大師線は今でもこれだし、当時は京急蒲田が未完成でダイヤ改正のたびにごちゃごちゃ変わっていた空港線もラッシュ時に比較的線内折り返しがあった。一方、逗子線だけは線内折り返しが早朝深夜だけの設定で、走りを撮ろうと思うと、たとえ京急沿線で泊るにしても早朝からホテルを出てなんてするのもきつく、むしろ「ながら」で乗り込んだ方がやりやすかった。数少ない線内折り返しの新逗子ゆきで神武寺へ。お手軽にここで駅撮り。

なんかとなりに他社の新車(当時)が映り込んだりしてますが…。すっきりかっちりと1500形で抑えられた。ちなみにまだ6時前だが、たしかこれが朝ラストの線内折り返しだった気がする。

目標終了(笑)。もう今日の一番撮りたいものが終わってしまったのでやや気が抜ける中、金沢文庫に戻ると増結4両待ちの列。午前6時過ぎなんですけど…。この間どうしたのか、このあと、京急川崎のパタパタ(記事掲載時点未だ現役)の画像やら動画が残っていたということは、ここの改札内の「えきめんや」で朝飯でも食ったんだろうか。で、この後下りが撮り易い子安へ移動し、なんとなく京急撮影。といってもいちおう目標があり、この年に新設された空港線から京急蒲田を経て南へ下るエアポート急行の中でも設定本数が少ない金沢文庫ゆきのエアポート急行が目当て。ただ、その列車の到着までには1時間以上ある状況。まあ、来た列車来た列車抑えつつという感じで目当てを待った。

でも、来て早々撮ったのはすぐ横を走るJRのEH200だったりするのだが…。まったく馴染みがない形式がたしかゆっくり単機回送してきたので、思わず撮った。

特急浦賀ゆきってもっと朝早くてレアなイメージがあったのだが、撮れた。まあ実際今も本数は皆無だと思うが…。

このエアポート急行もちょっとレアだったはずの神奈川新町ゆき。

レギュラーのエアポート急行は新逗子まで行くのが基本。まだこの頃の2000形は南側のエアポート急行新設で活躍の場が増えたなんて言われていた気がするが、記事掲載時点ではもう風前の灯だそうで…。

で、この頃から近辺で保線の皆様方が作業に入られておりまして…(苦笑)。その方々に囲まれつつエアポート急行金沢文庫行きは過ぎていきました。うーん…1500形か。まあ幕車だからキレイに撮れたしよしとするかという感じであった。